私立踏青(とうせい)学園の外れにある校庭の隅っこに建つ一番粗末なプレハブ校舎。

 その仮設校舎に備え付けられたリングの中央で、体中痣だらけ、顔を血まみれにした少年が倒れている。

 それを見下ろすのはブルマ姿にグローブをはめたポニーテールの少女。荒い息をつく彼女の体操着は汗でしっとりと濡れ、返り血で黒ずんでいる個所があるが、その火照った柔肌には傷一つない。

 わかりやすい、勝者と敗者の構図だった。

 少女――ボクシング部に乗りこんできた1年生、(くれ)()(しず)()は何かを振り切るように首を振った。空中で、ぱっ、とポニーテールの花が咲き、きらきらと汗が散った。

 そしてコーナーにかけられたストップウォッチを見た。すでにカウントが止まっていた。いつのまに試合終了のアラームは鳴っていたのだろうか。まったく気がつかなかった。

「……試合終了にも関わらず、パンチを出したわたしの反則負けってこと、なんですかねぇ」

 だれに言うともなく――対象がいるとすれば彼女の足元で血を流し倒れている先輩、蘭堂(らんどう)龍人(りゅうと)しかいないだろうが――静香はつぶやいた。

 そして、たった今、完膚なきまでにリングの上に叩きのめした先輩を、複雑そうな瞳でじろじろと眺めていたが、

 

「最後まで、殴り返しませんでしたねぇ。クリンチもしないで、わたしのパンチを受け切って……。

格好……よくはありませんが……ちょっと尊敬したかもです」

 

 返り血のついた唇に笑みを溜め、優しく語りかけた。

 

 

インタージェンダー!

ROUND1 コウハイファイト

 

 

4.終わりと始まり

 

 体中が熱い。

 息がうまく出来ない。

 鼻の奥からどろりとしたものが流れて、耳に溜まって、気持ち悪い。

 朦朧とした意識のなかで、はるか天上から声がする。

 

「だいじょう……ですかぁ……」

 

 誰だろう。

 前にも、こんな経験をしたことがある。

 そうだ。

 “彼女”だ。

 “彼女”はいつも、ぼくを激しく壊してから、優しく介抱してくれる。

 

「……れ、い……」

 

 龍人(りゅうと)はかすれた声でつぶやいた。

「“れい”? ……なんですか、ソレ」

 呆れたような声の(しず)()に、頬をグローブでぺしぺし叩かれた。

「もしも〜し。だいじょうぶですかぁ〜?」

「……あ……う……」

「意識はあるみたいですね」

「……し、ず……か……?」

「はいはい。ボクシング部・期待の超新星、新入部員の(くれ)()静香ちゃんですよぅ。

 先輩、立てますか?」

龍人の身体をまたぐような中腰の姿勢で、静香が覗きこんでいた。

「ぁ……しん、にゅう……ぶいん……?」

 龍人は鼻血が詰まったくぐもった声を出す。

 すると静香は、

「はい♪ とりあえず今回の試合はわたしの負けってことでいいですけど、力は充分示せたと思いますのでぇ」

 にこっ、と笑って、

「これからよろしくお願いしますね、せんぱい♪」

 龍人は何か言ってやりたかったが、体中が腫れて熱っぽく、何も思いつかない。言葉を発するのもだるい。金魚のようにぱくぱくと口を動かすしかできなかった。

「……さて、それじゃあ形式的なことは済ませましたしぃ、本題に入りましょう」

 静香は勝手に納得して話を続ける。

(……“本題”……?)

 ぼうっ、とした頭で龍人は考える。

「あ、先輩。もっと大きく口を開いてください」

「……う、あ……?」

 静香の言うことがまったく理解できない。しかし鼻血が詰まって、勝手に口が開いた。

 すると静香は口のなかから、かぱっ、とマウスピースを取り出すと、

「そうそう、そのままそのまま。はい、あ〜ん♪」

 ずぽっ。

 ためらいなく龍人の口の中へ突っ込んだ。

「っ……んがっ……?!」

 とつぜんの異物挿入に龍人は狼狽した。少女の唾液まみれのマウスピースが、口の中でくちゅくちゅと音を立てた。

「よーく、噛んでおいて下さいねぇ? 歯が折れたらいろいろ大変ですからね〜」

 あくまで優しい口調の静香。

「……は……?」

 龍人は意味がわからず、静香の顔を見上げるしかできない。

 すると静香は一旦おおきく伸びをして、胸の前でグローブをパンパンと打ちつけると、

 

「これから、気絶するまで先輩を殴ります」

 

微笑みを崩さずに言った。

「……ん、なっ?!」

 龍人は思わず声をあげ、体を起こそうとするが、腕に痛みが走ってかなわない。

「はいはい。大人しく寝ていて下さいねぇ〜」

 

――とん

 

 軽く胸をグローブで小突かれ、龍人はまたリングの上に仰向けに倒れた。

「あはっ……。そうそう、その恰好。すごくぅ、いいです」

「な……に、を……」

 龍人は息を切らしながら声をあげる。

「“何”……って、決まってるじゃないですかぁ。

 先輩、色々と言って下さいましたよねー。

 “君は勝手に愉しんでろ、サディスト”とか“君のひとりよがり”とか」

「ぁ……っ」

「だから、先輩の言う通りぃ……サディストなわたしは勝手に愉しんでひとりでよがってみようと思います。

先輩はぁ、ただ啼いて血を流して下さってくれればいいですから♪」

「っ?! ……な」

 龍人が口を開く前に、

 

 ぱんっ!!

 

 ――拳が顔面に振り下ろされた。

 

「ぐぁ……ぁあ、あ……ああっ?!」

 ぐちゃり、いう音が鼻のなかでした。

 龍人は脳天を突き刺す痛みに海老ぞりになった。

「あは……ははっ、はははははっ!!」

 つられて静香が引きつけを起こしたように、笑いだした。

 

 がこっ!!!

 

「ぐあっ?!」

 痙攣する龍人の顔を、まるで瀕死の虫にピンを刺すように、静香のグローブがリング上に縫いとめる。

 ぐりぐりと拳を顔面に突きたてられ、龍人はぴくぴくと痙攣した。

「これ……ですっ! この感触ぅ……最高っ!」

 

 ぱんっ! ぐしゅっ! がきっ! ぶじゅっ……!!

 

 龍人をまたぎ、見下ろすような体勢で、静香はパンチの雨を降らす。

 その顔は恍惚として、今にも達してしまいそうな表情だ。

「さっきはぁっ、キレちゃってぇ、感触を楽しむ余裕がっ、なかったけどぉっ!!

 あぁんっ♪ 鼻の潰れる感触、ぐじゅぅー、って柔らかくてぇ、気持ちいいっ!!」

 

 ぐじゅっ! めきっ!! ぼぐぅぅぅっ!!

 

「ひぎっ……ぶふっ?! ぅああっ!!」

「はぁッ、はぁんッ! あはっ♪ えいっ! えい、えいっ♪」

 

 

 ――びちゃっ ぺとっ ぬちゅっ

 

 ピストン運動をする少女の拳が少年の肉や鼻骨を凌辱し、淫らな水音が響く。

 ねっとりとした血や鼻汁や唾液のまじった粘着質の赤い液が糸を引き、グローブに染みこみ、静香の顔や体操着に飛んで斑点を残していく――

 

 ――静香がパンチを打ち込むたびに、龍人の身体がリングの上でビクンビクンと痙攣する。

 もはや痛みを通り越し、鈍い衝撃だけしか感じない。

 血と脳内麻薬がびゅるびゅる激しく巡り、痺れたような恍惚状態でさえあった。

 リズミカルに加えられる打撃に脳が連想させるのは、“彼女”との過ぎ去りし甘く激しい思い出。

 子供時代、いつもいっしょだった少女。

 泣き虫でいじめられていた自分は、“彼女”に叱咤され、励まされ、守られていた。

 “彼女”に心配をかけたくなくて、ボクシングを始めた。

 “彼女”もあとからボクシングを始めた。

 “彼女”に結局一度も勝てなかった。

 “彼女”との別れの日も、KOされリングの上で伸びていた。

 “彼女”の拳で腫れて見えづらくなった視界一面に、

“彼女”の顔がひろがって、優しく唇が重ねられて――

 

――もう一度、戦るときは、今度こそあたしのことを……殴って

 

(……(れい)……っ)

 

肉を歪ませ脳を揺さぶるヴァイブレーションを感じながら、龍人の意識は闇に呑まれていった。

 

 ◇

 

 ようやく満足したのか、それとも前屈姿勢がきつくなったのか。静香は龍人の顔に拳を振り下ろすのをやめ、“う〜ん”と大きく伸びをした。

 股の下の龍人は、もはやぴくりとも動かず、たらたらと血を流しリングを赤く染めている。

「――はぁ……ぁ、気持ち良かったぁ……」

 あふぅ、と静香は熱い吐息を漏らした。

「スパーリングの後半はなんか納得いかない展開だったけど、終わりよければすべてよし、ってことでぇ。うん、満足満足」

 たった今まで先輩に対して失神するまで容赦ない暴行を加えていた少女は、どこまでも無邪気な笑顔で言った。

「……それにしても、先輩、殴られてる最中にも“れい”とかなんとか言ってたけどぉ、なんだろ」

 ふむ、と首をかしげる。

「……うーん、やっぱりアレかなぁ? “先約”の“彼女”ってヤツかな」

 下に目をやる。

 顔中血だらけにした龍人に、静香は一瞬うっとりと表情を蕩けさせるが、ちらりと後ろを向くと、

「……。あ〜あ、股間をこんなに大きくさせてるし……」

 トレーニングウェア越しにみてもはっきりとわかるほど、龍人の股間は勃起していた。少女の暴行に死を予感して子孫を残そうとする本能ゆえか、あるいはただ単にボコボコに殴られても感じてしまうM気質を持っていたのか、それとも――

 

「……わたしに嫐られながら、他の女のことを考えていたのかなぁ」

 

 静香は真性のサディストだった。

幼いころから陰で何人もの男子を嫐り、彼らの悲鳴や泣き声を愉しんできた。彼らは愉快な玩具であって、自分が好きなように遊ぶためだけのものでしかなかった。

玩具の感情や快不快なんてどうでもいい。自分は思うままに虐待し、相手は面白い反応を見せれば、それでいい。

それで、よかったのだが……。

「なんだろう。ちょっと……イラつく」

静香は力なく横たわる龍人の身体を、ぐに、と軽く踏んだ。

 

「もう……本当に、壊しちゃおうかなぁ」

 

 ぽつりとつぶやいた。

 足裏で、龍人の身体を踏みにじる。

 しばらくの間、黙って眼下の獲物を睨んでいたが、

 

「――まあ。頑張った先輩に免じてぇ、壊すのはやめてあげます」

 

 ふぅ、と小さくため息をついた。

 しかし、失神して力の抜けた男の人の身体(にく)って……ぐにぐにと柔らかくて心地が良いな。そんな感想を、龍人を踏みながら、ぼんやりと抱いていた。

「……ん……ッ」

 と。肉の感触に、静香の残虐な情欲がまた疼きだした。ぴくりとも動かない龍人をまたぐ恰好のまま内股気味になり、もぞもぞと身じろぎを始めていた。

「ハァ……でも、なんか、おさまらないなぁ……ぅんんっ……。

だれも、見てないし……ここでぇ……しちゃお……っ♪」

 熱に浮かされたような口調で、静香はいそいそと右手のグローブを外す。なかなか脱げないのに苛立ったのか、マジックテープを歯でもって乱暴に剥がした。そのまま革の部分を咥えて、一気に手を引き抜いた。

「ん、あう……あう」

 革の部分を噛みしめると、鉄の味がした。

 目の前で倒れている先輩の血の味。

「んん、んぅ〜、うぅぅっ♪」

 ぞくぞくぞくぞくぅっ!!

 グローブを咥えたまま、恍惚の表情で静香はのけぞった。

 そのまま、バンテージを巻いたままの蒸れた手を、ブルマのなかへとすべりこませた。

 

 くちゅっ ぬちゅっ じゅぷっ……

 

 濡れそぼった肉を弄る淫猥な音が、リングの上で奏でられる。

「ふぅぅ、ふぅ〜っっ……んふぅ、あうう……っ」

 ぐじゅっ、と静香はグローブを強く噛みしめた。口が塞がっていることもあって鼻息が大きくなる。桃色の唇の端から獣のように涎がだらだらと垂れる。

 

 とろ…… ぴちゃ……っ

 

 少女の涎が、鼻を折られた龍人の顔に垂れ落ちて、血と混じりあった。

真上で下級生が自慰行為に及んでいるのにも関わらず。

彼女の涎が無残な傷口に沁みているのにも関わらず。

龍人は死体のように無反応だった。潰れた鼻からは微かに、ひゅうひゅう、と息が漏れている。

「ふんっ、ひふぅ……ふぇんふぁいっ! ふぁぁぁっっ!!」

 無惨な敗北姿をさらけ出す先輩を熱烈に視姦しながら、少女は指で自分の敏感な部分を激しく刺激する。ブルマが内側からもぞもぞと盛り上がり、蠕動した。

 つつ……と透明な汁がこぼれて、太ももを伝っていった。

 

「ふあ、あふ、ひふぅぅぅぅぅ……っ!!」

 

 少女の白い歯が黒い染みのできたグローブに深く食い込んだ。

 肢体が一際おおきく跳ねて、後ろに反る。

 ぶるん、と震えた二つの果実は、汗で透けた体操着の下から桜色の肌をのぞかせる。

 ポニーテールが、まさに馬の尾のように揺れて、小刻みに痙攣する。

 

 じわ……っ

 

 ブルマに染みが出来たかと思うと、

 

 じょろ…… じょろろろろろろろっ びちゃっ……びちゃ……っ

 

 失禁した。

 ブルマの隙間からほとばしった奔流が、倒れている龍人の身体へと注がれる。

「ふあぁぁっ!! あ、ぁぁ♪ おしっこぉ……きもちいい……っ」

 ぽろり。と、静香の緩んだ口からグローブが落ちて、龍人の身体に当たってリングの上に転がった。

 決壊した少女の股間からは、ブルマの染みた部分から滴がひっきりなしに落ちて、龍人の血と汗が滲んだシャツに新たな染みを作った。

 すべて出し切ると、少女の小柄な身体はふるふると震えていたが、

「あはぁ……」

 力がとつぜん抜けて、よろよろとマットに尻もちをついた。

 そして忘我の瞳で、血と汗と尿やその他もろもろの分泌液にまみれて無残に横たわる先輩の姿を、見つめる。死体のように動かない身体から、尿と汗が気化して湯気がかすかに立ちのぼっていた。

 

「はぁ……んっ♪

ボクシングって、楽しいですねぇ……先輩?」

 

 惨劇の跡生々しいリングの上で、少女は夢見るような心地で、絶頂の余韻を味わっていた。

 

 ◇

 

 こうして一つの戦い、と呼べるかは定かではないが、とにかく嵐のごとき一幕が終わった。

 試合に勝った少年はリングの上に惨めな姿を晒し、負けた少女は傷一つない肌に返り血を浴びて陶然と快感に酔っている。

 

 マットに転がる卸したてのグローブには少女の歯型がくっきりと残り、涎と血で黒い染みができていた。

 彼女のグローブはこれからも、対戦者の悲鳴を生みだし、肉や骨を砕く音を奏でて、革につつまれた吸収材は男たちの血を吸いつづけることになる。

 

 リングの上では少年が昔日の夢を見ながら、己の血と少女の排泄物にまみれて倒れている。

 彼は夢で見ている“彼女”と、近い将来、リングの上で運命的に再会することになる。

 

 しかしそんな未来を、今はまだ誰も知るものはなく――

 

 とりあえず言えるのは、『踏青(とうせい)学園“男子”ボクシング部』の歴史に幕が引かれ、新たな時代が始まったということ。

 それだけは、確かだった。

 

【ROUND1 END】